大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和26年(う)118号 判決

控訴人 被告人 金基活

弁護人 村田利雄

検察官 納富恒憲関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人村田利雄の控訴趣意は記録に編綴の同人提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

同控訴趣意中被告人の自白のみにより事実の認定をしたとの点について。

しかし記録を調査すると、原判決は被告人の自白のみでなく、挙示した他の証拠を補強証拠として事実を認定したものであることが明瞭であるから論旨は理由はない。

同控訴趣意中中止犯を認めなかつた違法があるとの点について。

しかし本件犯行時の関税法(昭和二十三年法律第一〇七号を以て一部改正ありたるもの)第七十六条第一項前段には「免許ヲ受ケスシテ貨物ノ輸出若ハ輸入ヲ図リ亦ハ其ノ輸出若ハ輸入ヲ為シタル者ハ云々」と規定し、免許を受けないで貨物の輸出入をなした罪の外、同罪の未遂乃至は予備行為たる貨物の密輸出、入を図つた罪をも独立罪としているのであるから、貨物の密輸出、入を図つたときは、たとえ、犯人においてその目的とした密輸出、入行為をその意思により中止し、遂げなかつた場合と雖、密輸出、入を図つた罪は完成し、これに中止未遂の観念を容れる余地はないものといわなければならない。

なお論旨は本件は密輸出を図ることおも中止したもののように主張するけれども、密輸出、入を図ることを中止した場合は、密輸出、入を図る罪の実行の着手もないわけであるから同罪の中止犯ではなく同罪を構成するものではない。しかし原判決が認定した事実は論旨冐頭に摘録するとおりで、既に密輸出を図つたものであるというのであつて、記録を精査しても右事実の認定に誤があることを発見することができないので、密輸出を図ることを中止したとする主張は原判決の認定に副わないし、亦論旨援用の最高裁判所の判例は、昭和二十一年勅令第二七七号関税法の罰則等の特例に関する勅令第一条第二項にいわゆる物品の輸出亦は輸出をしようとした点に関するもので本件の場合には適切ではない。論旨は理由はない。

そこで刑事訴訟法第百九十六条に則り本件控訴を棄却することとし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石橋鞆次郎 裁判官 藤井亮 裁判官 中園原一)

弁護人村田利雄の控訴趣意

原判決には事実誤認があり、其の誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

即ち原判決は其の認定した事実として「罪となるべき事実」には「被告人は朝鮮に向け貨物を密輸出して巨利を得ようと企て、その目的を以て昭和二十四年六月末頃檀上岩吉から発動機船琴龍丸(五噸七、八一〇馬力)一隻を代金十五万円の定めで買い受け、税関の免許を受けることなく、その頃別紙貨物一覧表第一、及び第二記載の貨物を買い集めてこれを佐世保市内に集積し以てこれが輸出をはかつたものである」と認定し、これが証拠として「証拠の標目」掲記の証拠を引用しているのである。然し右原判決には引用された諸証拠を仔細に検すると、朝鮮に向け貨物を密輸出しようとした事実が認定されるものは僅かに被告人の自供並に被告人の大蔵事務官に対する質問調書、又は検察官に対する弁解録取書に止つている。換言すれば被告人の自白のみに止つているのであつて、其の他には確認するに足る証拠はない。船長野田協、機関士林正重、便乗者高島東等の弁解録取書又は大蔵事務官作成の質問調書乃至は司法警察員作成の同人等供述調書によるも、いずれも右の者等の推測又は想像の範囲を出ていない。又、安村又は的山大島或は南風崎附近の大島に向け航行すること自体は朝鮮向けの航行の前提であると為す合理的な根拠は一つも存在しないのであるから、要するに本件に於て朝鮮向密輸出をはかつたと為す証拠は被告人の自白以外にはないことに帰着する。而して此の被告人の自白を唯一の証拠として「輸出をはかつたもの」と事実を認定したとすれば、その自白はいずれも続いて、朝鮮行の意思を放棄して、貨物は勿論、船をも売却した旨明白に述べているのであるから其の中止を為した事実をも当然認定すべきである。即ち、大蔵事務官久亘直典作成の被告人に対する第一、第二回質問調書、検察官作成の弁解録取書、並に第六回公判廷に於ける被告人の供述はいずれも、自発的に朝鮮行をやめて船並に貨物を売却した旨陳べているのであるし、又原審公判廷に於ける証人崔状万、鄭丙祚の各証言によつても此の事実は明白である。従つて、原判決が被告人が「輸出をはかつたもの」との事実を認定した唯一の証拠が前示の如く被告人の自白のみに止る以上その自白に明確に陳述し更にこの自白を補強する証人の証言が存在する輸出の意思を抛棄した事実は当然認定せらるべきであつて、此の「輸出をはかる」意思の抛棄即ち中止の事実を認定しないのは明らかに事実誤認である。輸出をはかる行為、即ち「輸出しようとした」行為とは、目的の物品を日本領土外に仕向けられた船舶に積載する行為の実行に達しないが、輸出のための単なる準備行為の範囲を超えて、前記積載行為に接着近接せる手段行為の遂行に入つた行為を指すと為すのが最高裁判所の判例である。従つて単なる準備行為の段階に過ぎないものは処罰の対象とならないことは明らかである。而して、本件は未だ朝鮮に仕向けられた船舶でなく試運転乃至は南風崎地先大島に仕向けられたに過ぎないし、貨物も亦集積せられたと謂う程度に止つていると見て良い。これに加え、被告人の自供によれば朝鮮行の意思を自発的に抛棄し集積した貨物の売却、船舶の転売を為しているのであるから、単純なる準備行為の段階に於て既に此の行為を進める意思を抛棄しているから単純なる準備行為の範囲を出でないまま抛棄中止が為されているのである。従つて「輸出しようとした」者の範囲に入らぬままその輸出の意思を抛棄中止していると謂はねばならない。故に此の事実を認定しなかつた原判決は誤認たるを免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例